【保谷駅】非核・平和宣言都市を啓発する「あらやしき公園」を解説! 

 かつては、保谷市がありましたが、江戸時代の文献には「穂屋」または「穂谷」の地名が用いられていました。「穂」の文字が使われていたことから、周辺に比べ水利が良く、植生が豊かな土地であることが地名の由来であると考えられています。
 2001年、田無市と合併し、西東京市の成立後その名は、駅名の「保谷駅」と町名(保谷町および下保谷)、創業の地があった光学機器・ガラスメーカーの社名「HOYA」として残っています。
 
 さて、保谷駅北口ロータリーを、まっすぐ北へ200メートル程の左側に位置する公園が「あらやしき公園」です。公園は一段上がった上にあり、下はあらやしき自転車駐車場になっています。園内の中央には大きな円形の芝生があり、天気のいい日には日光浴ができます。またカラフルで変わったすべり台が子どもたちに人気があり、小さい子どもたちも安心して遊べます。
 この公園に設置されている「非核・平和宣言都市啓発塔」の由来は、旧田無市が1984年(昭和59)年8月に「非核・平和宣言」を、旧保谷市は1982(昭和57)年10月に「憲法擁護・非核都市の宣言」を行い、両市とも平和事業に取り組んできており、2001(平成13)年1月、合併により西東京市が誕生したことより、西東京市として新たに「非核・平和都市宣言」を行ったことを啓発するものです。

 【あらやしき公園】

 さらに、北に400メートル進んだところに、「福泉寺」があります。この寺は、日蓮宗の寺で、山号は保谷山、院号は妙解院と号する。1587年(天正14年)1月16日、日眼上人による創建と伝えられており、 下保谷村惣鎮守の三十番神社(現天神社)の別当寺であった 。
 1868年(明治元年)に神仏分離に基づく施策として三十番神信仰を禁止となり、下保谷村の村鎮守三十番神も廃止されて天神社となった。この三十番神神像は、江戸時代後期ごろの作で、下保谷村における近世末期までの村鎮守信仰の伝統を物語る貴重な歴史遺産です。

 【保谷駅 北口】

 【周辺図】

【西武鉄道 路線図】

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