【雑司が谷駅】安産・子育の神「鬼子母神」を解説!

 雑司が谷駅(ぞうしがやえき)は、東京都豊島区雑司が谷二丁目にある、東京メトロ副都心線の駅です。
 その歴史は、2008年(平成20年) 副都心線の開通と同時に開業しました。
 駅前にある「雑司が谷大鳥神社」は、1712年(正徳2年)、出雲藩主松平出羽守の嫡男・万千代が疱瘡にかかり、千登世橋近くの高田村下屋敷で療養していたとき、
 出雲国鷺浦・鷺大明神(現・伊奈西波岐神社)に祈願し平癒したため、鬼子母神境内に鷺大明神を勧請、手水舎の傍らに奉斎したのが創祀といわれており、以来厄病除けの神として尊崇されていた。
 その後、明治政府による神仏分離令により鬼子母神から分離し、神社として存続を図ることとなり、
大鳥神社と改称されました。

 【雑司が谷大鳥神社】

  雑司が谷駅周辺の史跡・文化財 を巡るには、都電荒川線が近いです。以降は都電の最寄駅からご紹介します。
 【都電 雑司ヶ谷駅】

 【雑司ヶ谷霊園】は、明治政府の自葬禁止、神葬地設定、火葬禁止、旧朱引内の埋葬禁止、墓地令等の法令・布告・布達にともない共葬墓地の必要が生じ、東京府が東京会議所に命じて雑司ヶ谷旭出町墓地を造営、1874年(明治7年)に開設し、1935年(昭和10年)「雑司ヶ谷霊園」に名称変更しました。
 ジョン万次郎、小泉八雲、夏目漱石、島村抱月、竹久夢二、泉鏡花、東條英機、永井荷風、サトウハチロー、東郷青児、大川橋蔵など著名人の墓が多くあり、夏目漱石の小説『こゝろ』の舞台にもなっています。

 次の駅【都電 鬼子母神駅】

 【鬼子母神】の由来は、その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。
 しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。お釈迦様は、その過ちから訶梨帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の訶梨帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。そこで訶梨帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。
 また、本殿と拝殿で異なる特徴を持つ構造物であることなどから、2016年(平成28年)には、国指定の重要文化財に指定されました。

 次は【都電 学習院下駅】

 【学習院大学】は、江戸時代後期の1847年(弘化4年)に京都御所で開講された学習所を起源とし、
明治時代初期、1877年(明治10年)に皇族・華族のための教育機関としてあらためて開校されました。その後、第二次世界大戦を経たのち、1949年(昭和24年)に新制大学として開校しました。

 【学習院中学校 高等学校】

 【雑司が谷駅】

 【雑司が谷駅周辺の史跡・文化財】

 【東京地下鉄 路線図】

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